Research
ネオニコチノイド系農薬が哺乳類の中枢神経系に及ぼす影響
ネオニコチノイド系農薬は、タバコに含まれるニコチンの構造をもとに1990年代に開発された殺虫剤です。昆虫の神経系におけるニコチン性アセチルコリン受容体(nAChRs)を標的として作用し、高い選択毒性や植物体内への浸透性、環境中での持続性といった特徴から、現在では世界で最も広く使用されている農薬の一つとなっています。農作物だけでなく、殺虫剤成分として私たちの身近な製品にも含まれており、ヒトの尿検体からも複数のネオニコチノイド系農薬が高頻度で検出されることが報告されています。
ネオニコチノイド系農薬は哺乳類に対しては安全と考えられてきましたが、2012年に木村―黒田純子先生らの研究グループは、ラット由来培養神経細胞を用いた実験により、初期型のネオニコチノイド系農薬であるイミダクロプリドやアセタミプリドがnAChRsを介してニコチンと同様の興奮反応を引き起こすことを報告し [Kimura-Kuroda et al., 2012. PLoS One]、その後、ヒトを含む哺乳類の高次脳機能や精神・発達障害に及ぼす影響が強く懸念されるようになりました。
私たちの研究室では、日本国内で使用量が多いネオニコチノイド系農薬の1種クロチアニジン(CLO)に注目し研究を進めてきました。その結果、従来の毒性試験で毒性が検出されなかった量(無毒性量=NOAEL)よりも低い濃度のCLOを単回曝露したマウスにおいて、不安様行動や異常な発声行動などの過剰なストレス応答が観察されました。さらに、不安やストレスに関与する海馬や視床といった脳領域の神経活動が活性化していることが確認されました [Hirano et al., 2018. Toxicol. Lett.]。
また、この急性影響への感受性は年齢や性別によって異なり、高齢マウスや雄マウスの方が影響を受けやすいことも明らかにしています [Hirano et al., 2021. Toxicol. Lett.; Kubo et al., 2022. Toxicol. Appl. Pharmacol.]。こうした知見は、ネオニコチノイド系農薬が哺乳類の脳機能に与えるリスクを再評価する上で重要な基盤になると考えられます。