Research
ネオニコチノイド系農薬が次世代の高次脳機能に及ぼす影響とそのメカニズム
次に浮かび上がってくる疑問として、このように哺乳類の脳や行動に影響を及ぼすネオニコチノイド系農薬はどのように次世代に移行し影響するのだろうかという点が挙げられます。
我々はまず、妊娠中の母マウスにネオニコチノイド系農薬のクロチアニジン(CLO)を投与し、胎盤を介して胎子に移行するかどうかを検証しました。その結果、CLOおよびその代謝物は母獣のみならず胎子の各組織においても同等のレベルで検出され、脳や腎臓などの一部の臓器では、胎子の濃度の方が高くなることが明らかになりました[Hirano et al., 2024, Toxicol. Appl. Pharmacol.]。
次に我々は授乳期の母マウスにCLOを投与し、母乳を介した次世代への移行を検証しました。その結果、母マウスが摂取したCLOは速やかに代謝されて母乳に移行することが明らかになりました。さらに血中よりも母乳中濃度の方が高いことから、CLOおよび代謝物は母体の血液から母乳に濃縮されて次世代に移行することが初めて分かりました[Shoda et al., 2023, Toxicol. Lett.]。
このように胎盤や母乳を介して次世代に移行することが明らかになったネオニコチノイド系農薬ですが、実際にどのように次世代の脳や行動に影響を及ぼすのでしょうか?その疑問を検証するために我々は、妊娠期から授乳期を通じて無毒性量レベルのCLOを母親マウスに曝露し、産子が3週齢(児童期に相当)、10週齢(成人期に相当)のタイミングで行動や脳の解析を行いました。その結果、3週齢時においては新規環境における不安様行動が、10週齢時においては自発運動量が増加したことから、発達段階によって異なる影響が現れることが分かりました。
また海馬歯状回において、c-fos陽性細胞数(神経活動性マーカー)やDCX陽性細胞数(幼若神経細胞マーカー)の変化が認められました。つまり、胎子期・授乳期におけるCLO曝露が脳の発達に作用し、脳の構造や機能に影響を及ぼすことが行動への影響の原因であることが示されました[Maeda et al., 2021, J. Vet. Med. Sci.]。
さらに、ネオニコチノイド系農薬が脳発達のどの段階に影響を及ぼすかを明らかにするため、発達神経毒性のCritical window(影響を受けやすい時期)を検証しました。脳発達は①神経幹細胞の増殖・分化、②神経突起の伸長、③シナプス形成、④神経ネットワーク形成の段階を経ます。各段階に相当する4日間のみ母親マウスにCLOを曝露し、行動解析を行った結果、③シナプス形成期の曝露のみでも、妊娠期から授乳期を通じた曝露と同様に10週齢で自発運動量の増加が再現されました。このことから、シナプス形成期におけるCLO曝露が次世代の行動変化における決定的要因である可能性が示唆されました [Shoda et al., 2023, J. Vet. Med. Sci.]。